再建外科領域のニーズ、患者さんのペイン、医工連携の可能性

最後の登壇者は、辛川 領 氏(がん研有明病院 形成外科 医員)。がん研有明病院は、年間約350症例のマイクロサージャリーの手術が行われる国内有数の医療機関で、辛川氏は、マイクロサージャリー、四肢肉腫の再建、リンパ浮腫、頭頸部再建、乳房再建などを専門に従事する。「再建外科治療では限界もあり、そこに患者さんのペイン、そしてニーズがある」と考える辛川氏は、工学系アカデミアとの医工連携にも積極的に取り組む。医療の形は変化を続け、「命を救う」ことから「QOLやADLの向上、痛みの緩和」、そして、「病気の不安を取り除く、希望を与える」ことさえも医療として重視されるなかでの再建外科という分野について考える。



修練から着想したトレーニングシステム

マイクロサージャリーやスーパーマイクロサージャリーは、微小な血管、神経、リンパ管などをつなぐ高度な技術が求められ、「手と目の協調」「顕微鏡への慣れ」「繊細な組織の扱い」など十分な修練を必要とする。

かつて、辛川氏は、多くの再建外科医がするように、ラットを使い、直径が0.3〜0.5mmという細い血管吻合の練習をしていたという。ところが、ラットは倫理的に使用が難しく、顕微鏡も高価であるため思うほど頻繁には練習することができないという課題があった。そこで、思いついたのがスマホカメラのズーム機能の活用だった。鶏肉の血管をトレーニングに使う方法を論文で発表にまとめた。現在はそれをさらに発展させ、立体視ができるARを用いたトレーニングシステムを東京電機大学と共同開発をしている。

「体表に近く比較的生命リスクの低い手術が多い」「QOL、ADL向上をゴールとした手術が多く、患者さんのペインに応える治療」「全身にわたる幅広い疾患を扱う=市場ニーズがある」という3つの理由から、辛川氏は、形成外科と再建外科は、医工連携に適している診療科と考える。

乳房再建には主にインプラントという人工物による再建と、自家組織移植による再建がある。自家組織による再建では、遊離皮弁を用いるためマイクロサージャリーの技術が必要となる。「左右対称の乳房をつくるのは非常に難しく、まさに暗黙知の塊」と辛川氏。そこで、こうした難易度の高い手技を誰でもできるように、現在CADCAMシステムを使った手術支援器具を開発しているという。現在、特許出願中だ。


限界を知ることが解決への始まりになる

こうした医工連携を通じて、より高度な手技を可能にする。その一方で、再建外科の限界の先にある患者のペインを知り、そこにこそ医療ニーズがあり解決していく必要性に辛川氏は目を向ける。1970年代に誕生したマイクロサージャリーをはじめとする再建外科の技術により、現在、四肢悪性軟部腫瘍(脂肪、筋肉、血管、神経、リンパ管などのやわらかい組織にできる悪性腫瘍)の患肢温存率は90%を超えた。医学や科学技術の発展により、外科的治療が可能な病気は確実に増えている。しかし、学会で報告される手術が成功した症例の裏には、課題を残す症例が数多くあることも忘れてはならない。

例えば、頭頸部再建においては、食事・発声機能の回復には限界がある。人工物を使う乳房再建は、BIA-ALCL と言う人工物が関連する血液腫瘍の発生が問題になっている。自家組織移植をすると大きな傷が残る。上肢再建で、損傷した高度な機能を元に戻せるわけではない。リンパ浮腫治療も、かなり進行してリンパ管がボロボロになってしまったケースではリンパ管静脈吻合は奏功しない。このように、再建外科にも限界があり、全てを手術で解決できるわけではない。ロボットやBCI(Brain Computer Interface)の活用、社会の啓蒙や多様性への寛容など、患者さんのQOLやADLを向上させる要素は別に存在することもある。辛川氏の講演から、移り変わる医療の形に応える再建外科のひとつのあり方が伺えた。