医工連携による新治療創出への期待

2番手の登壇者は次世代スーパーマイクロサージャリー研究会副会長の岡本淳氏で、手術支援ロボットやスマート治療室の開発と、工学の観点から医工連携の可能性と課題を語った。岡本氏の主な研究には、脳神経外科手術支援ロボット、心臓血管外科手術支援ロボット、手台ロボットの実用化開発、がん治療向けの音響学的療法の実用化研究、スマート治療室の開発がある。実用化の事例として紹介された手術支援ロボットの「iArms」は、脳神経外科医のニーズをもとに開発された製品。長時間に及ぶ脳外科手術をする外科医が手術の最中に腕を乗せることで腕の震えを防ぐことを目的に開発された。足元のスイッチの切り替えで、腕の位置の固定と解除ができるという直感的な操作が評価されている。「今後は、スーパーマイクロサージャリーでも役立てられないかを検証していきたい」と述べた。

 

 

異なるデータを統合したスマート手術室

岡本氏は、術中の脳外科の手術室を「帆船時代の航海」と例える。情報の伝達は「声」に頼る。情報が多い上に手術が進むにつれて増える。それらの情報は術者の頭の中で統合され、経験をもとに速やかに意思決定をする。「工学の研究者から見ると、目の前に広がるのはストイックなチームプレー」という。

この姿をICTで一元化したのがスマート手術室だ。2010年から5年間をかけたAMEDのスマート治療室プロジェクトで、国内の医療機器メーカーやIT企業とともに、メーカーごとに異なるデータを集約し、メーカーやベンダーに依存しない標準化したデータ形式に変換する仕組みを構築した。術中の神経機能の状況がわかる画像や病理解析の情報など約20種類の機器から収集するデータを1つの画面上に表示して、意思決定に役立てる。こうして蓄積される複合データは、若手医師が術中の意思決定のプロセスを学ぶ材料にもなる。このスマート手術室を広島大学、信州大学、東京女子医科大学が導入した。

医工連携はミッションインポッシブルなのか?

ロボット開発で医工連携に取り組んできた経験を踏まえ、「医療現場を知る医療機器メーカーですら、売れない製品をつくってしまうことは少なくない。それだけ新規参入をすることが極めて難しい領域だ」と、岡本氏は強調する。実際に、数々の開発を手がける中で、臨床研究、あるいは、実用化に至った製品はほんの一握りだという。

「医療機器メーカーの開発者は医師免許を必要としない。言い換えると、自動車免許を持っている社員が一人もいない自動車メーカーが、車をつくるために真髄を知ろうともがいている状態。これが医工連携の難しさの理由の一つではないか」と岡本氏。徹底したニーズ探索を経ても、医療課題を解決するアイデアと高度なテクノロジーと結びつけることは難しく、外科手技のコツなど医師同士でも伝えることが難しい。それを工学者に伝えるのは極めて困難であると考える。

「一方で、すでに医療はあらゆる理工学に支えられている。例えば、医療機器の操作だけではなく、工学的な原理を理解する医師を育てることが、高度な医工連携を実現する上で重要になるのではないか」と述べた。現場の困りごとを知ることは重要だが、新治療の創出においてはもっと深い連携が求められているという考えを示した。

「うまくいった医工連携プロジェクトは、関連する工学分野に明るい医師と組んだとき。大学では理工学と医学部に進路が別れても、高校では同じ理系のクラス。医学の道に進んでも、機械系が好きな医師はいるはず。そういう医師を発掘したい。」

「工学やものづくり企業が医学へのアプローチをするばかりではなく、医療従事者が工学的な理解を高めることが、高度な医工連携では重要である」と、自身の成功例から見解を述べた。