ニワトリ胚を用いたバイオ医療プラットホームの開発と応用

 3番目に登壇したのは、九州工業大学大学院生命体工学研究科准教授の川原知洋氏で、広島大学、東北大学、名古屋大学、MITなど工学系のアカデミアを渡り歩くというユニークなキャリアを積んできた。研究としては、創薬、再生医療、低侵襲手術といった先進医療やバイオ医療を世の中に出していくための研究、それらをもっと効率的かつ低コストで実現するために人工臓器や代替動物、シミュレーターなどのプラットフォームの開発に取り組む。

医師と工学者が双方向に連携するバイオ医療プラットフォーム

 今回、川原氏が発表したのは、「Egg-in-Cube」というニワトリ胚を用いたバイオ医療シミュレーターで、プラットフォームとしての拡張性を紹介した。手のひらに収まる大きさで、卵の容量そのままに正方形にしたサイズ感で、その見た目通り、扱いやすいという。生きた微小血管を使った血管吻合の練習や、がんの転移モデルを作ったり、抗がん剤試験をしたりと、用途の幅広さに期待が集まる。ニワトリの有精卵を用いた実験そのものは、動物実験の観点から比較的制約が少ないため、広く使われている。ただし、ニワトリ胚は卵殻に包まれているため、中が見えないという課題があった。ここに着目した川原氏らが開発したのが、「Egg-in-Cube」だ。Cubeという名の通り、立方体で、透明の膜でできている。「上下左右どこからでも観察できる」「血管を操作した後も生かすことができ、経過観察ができる」「細い鉗子や鑷子で膜を貫通しても中身が漏れ出ない」などの特徴がある。さらに川原氏は、「Egg-in-Cubeは、工学による医学への貢献にとどまらない」と考える。臨床現場で磨いた手技を、医師が手術ではなく工学的な研究の現場で役立てることにより、結果として医工学の底上げに寄与する未来を描き、その発想はオンラインで参加する画面越しの聴衆を引きつけた。

 川原氏がニワトリの卵を選んだ理由はいくつかある。1個65円と低コスト、黄身で成長するため培養液が不要で、温度と湿度を一定に保てば胚は育つ。循環器系血管などが形成される、などが挙げられる。

 血管は直径が1mm程度か、成長段階によってはそれよりも細いため、脳外科手術には細すぎても、超微小外科手術の血管吻合の練習には役立つことが期待される。

 ニワトリの胚は、漿尿膜と言い、卵の殻の内側に癒着した膜のこと。そこから生える血管から酸素を取り込んで育つ。このニワトリ胚を使った実験で知られるのが、がんの転移モデルの作成や抗がん剤試験である。ニワトリ胚をこうした実験に使う準備は比較的簡単で、卵の殻に小さな穴を開け、ヒトのがん細胞を入れると、血管が新生される。実験を実施する際の制約が比較的小さく、実験室でも扱いやすいという利点がある。

 唯一の難点は、卵殻があるため、中を見ることができないこと。この卵殻を取り払い、実験の期間中は継続して胚の様子を観察することを可能にしたのが、川原氏らが開発した「Egg-in-Cube」となる。

拡張性が面白い人工膜

 ポリカーボネートを使った高剛性の立方体のフレームを、透明シリコンゴム(PDMS)を使った酸素透過膜で覆うというもので、大きさは、4x4x4cm。作り方は論文で発表している。ニワトリ胚は扱いやすく、「Egg-in-Cubeのコンセプト自体は真新しいものではない」と川原氏は明かす。3日間予備培養をしてからサランラップに移して培養を続け、孵化させるということを実習で習う高校もある。

 Egg-in-Cubeが医療バイオのプラットフォームとして優れる点は、①キューブ状であることから上下左右、どこからでも観察ができること、②医師が血管吻合の練習に使う際、練習の後も血管は生きているため経過観測ができることが挙げられる。

「工学的に面白いのは拡張性」と川原氏は強調する。電気回路や機械要素を足すことで人工殻を機能化することが可能だという。

 拡張性に関して、川原氏は血管新生を制御できることを実証している。膜構造に使うシリコンゴムに酸素が透過しない部分を設け、さらにシリコンゴムに穴を開けて空気が通るチャンバーを設置したところ、空気を求めてチャンバーに血管が伸びてくることを確認。チャンバー内の空気層に漿尿膜が誘導され、自然と血管が伸びてくる。これは、川原氏らが初めて見つけた原理だという。また、血管が伸びてくる時の圧力の差を調べると、空気層となるチャンバー内は陰圧になることがわかった。血管誘導因子や外部ポンプは不要で、こうした構造さえつくれば、生物の自然な力に任せることができる。川原氏は、「工学的にうまくデザインすれば、あとは生物が自然と血管を形成してくれる。医師の手術にしても、最後は患者の細胞の力に任せている。この相通ずるところが面白い」と、細胞レベルの共通点に興味を持った。

「手術ロボットやナノロボットの評価にも活かせるのではないかと考えている」と川原氏は続ける。具体的には、ダビンチのように遠隔で操作をするマニュピレーターを使い、顕微鏡下にEgg-in-Cubeを置いて、血管に微粒子を注入して循環する様子を長時間にわたって観察するといったナノロボットや分子ロボットへの応用研究を紹介した。「工学技術+生体」の組み合わせによる付加価値として、「新しい手技を開発してハードウェアもソフトウェアも抱き合わせて特許を取得し、既存の概念や技術の枠組みを超えた国際的な競争力に繋げていけるような応用を目指したい」と意気込む。

 川原氏は、「例えばスーパーマイクロサージャリーのトレーニングをしつつ、その手技を活かして培養している血管同士をつないで、新しいウイルスや細胞、ロボットの研究などの実験系を作れるのではないか。医工連携で実現できるのではないか」と述べ、発表を終えた。